それまでのやり方にこだわらない発想で、新しいことにも思いきって挑戦する。その一歩に取り組んだ、ベネッセスタイルケアの有料老人ホーム「まどか茨木」の活動をご紹介します。年を重ねても自分らしい生活を送っていただくためのケアをしたい、という思いから始まった、ポジティブな連鎖のエピソードです。

高齢社会へと向かういま、シニア介護のあり方にも大きな変化が生まれています。QOL(生活の質)向上を目指す環境設計や用品の改良などが進み、「当たり前」とされてきたやり方を変え、より快適な状態をつくることが可能になってきたのです。そしてその実行の原動力となるのは、高齢者の気持ちに寄りそい、介護に携わる人々です。

老人ホームの運営などシニア・介護のサービスを行うベネッセスタイルケアは、衛生用品メーカーのユニ・チャームの協力を得て、2017年より「排泄ケア向上プロジェクト」に取り組んでいます。自社のケアスタッフに基礎知識や新しい情報、適切なケアのやり方を学んでもらい、そこで得たノウハウを入居者に合うやり方で実践する活動です。「まどか茨木」(大阪府茨木市)は他に先行して取り組み、成果をあげているホームの一つです。

「ご入居者様にとって良いことなら、やってみようよ!」と、スタッフ一人ずつの理解を得て新しい取り組みに挑戦

「初めて夜間のおむつ交換回数を減らしたときのことは、忘れられません。『漏れていたらどうしよう』とドキドキしていました。朝、何事もなかったとわかった時は、本当にうれしかったです」――ケアスタッフ福山は、当時の喜びと安堵を今も鮮明に覚えています。

「まどか茨木」では、専門知識を持つスタッフを育てたいという北山ホーム長の思いを受け、福山と北がプロジェクトに参加しました。二人が何よりびっくりしたのが「おむつの交換回数は減らすことができる」と教わったこと。尿量を計測したうえで一人ひとりに適切な用品を選び正しくあてれば、夜の眠っている間の交換も1回程度、あるいはしなくてよいという、考えたこともなかった話でした。

これまでおむつ交換は、不快な思いをしないよう頻繁に行ったほうがよいと言われてきました。けれどもその作業は、体勢を変えたり体重を支えたりと、ご本人にもケアする側にもからだの負担を伴うものです。だからこそ二人のなかには、プロジェクトで知った取り組みを「やってみなきゃ!」という気持ちが膨らんだと言います。

「まどか茨木」の北山ホーム長(中)と、排泄ケア向上プロジェクトに参加したケアスタッフの北(左)、福山(右)

ホームに戻り、さっそく他のスタッフたちに熱く説明しますが、最初はなかなか理解してもらえなかったとか。「ご本人にとって本当に良いことなのか・・・自分たちの勝手を押しつけることにならないだろうか」などの反応に、みんなの持つ「当たり前」を一度に解消するのは難しいと痛感します。それならば少しずつ、新しいやり方への関心をもってもらおうと、二人はポスターやチラシを作り協力を呼びかけます。日々の仕事の中でもスタッフ一人ひとりの意見に耳を傾け、取り組みの意義を伝えていきました。そうするうちに、「不安はあるけどチャレンジしてもいいかも」という理解者が、一人ずつ増えていったのです。

眠りの確保が、昼間の活き活きした表情につながるケースも。1つの取り組みがポジティブな連鎖をうむ

スタッフの不安を払拭するためにまず、活動リーダーの福山と北が一人ずつの対象者に同意を得て夜間のおむつ交換回数減に挑みました。尿量計測など十分な準備をしたとはいえ、一夜が無事に過ぎたことに、「やったよ、うまくいったよ!」というホッとしたうれしさがこみ上げたと言います。それをみんなにも味わってほしくて、「このご入居者様は交換を減らしても大丈夫やから、やってみて」と、次々に背中を押していきました。一人、また一人と成功し、
「最初、私たちの提案を聞いたときに『ホンマにうまくいくんかな?』と言っていたスタッフが、夜勤明けにバーッて走ってきて、『福山さん、すごいー!!』って抱きついてくれたんです。うまくいったことに『感動!感動!』ってめっちゃ喜んでくれはって・・・」(福山)

夜の交換回数が減ったことは、眠りの確保だけではなく、その人の日常生活に大きな変化をもたらしました。
「昼間、表情が少なかったご入居者様が、だんだんと元気を取り戻して穏やかな笑顔を見せるようになったんです。やっぱり、夜、しっかり寝られるようになったからやと思います」(北)
心配していた肌トラブルもなく、回数が減ったことでおむつ代削減(最大年間相当10万円余り)にもなったことは、ご入居者のご家族にとってもうれしいことです。そしてスタッフたちも、夜勤明けでも表情が明るくなり、体調が改善した者もいると言います。関わる人々それぞれに効果をもたらす“ポジティブな連鎖”が生まれたのです。

ケアスタッフは、日々の気づきや改善のアイデアなどを積極的に話し合う

思い込みが消え、「もっと自由な発想で介護の仕事に取り組みたい」

この取り組みで得たものはそれだけではありません。ご入居者と向き合う時間の余裕ができ、自分らしく過ごしていただくために何が必要かを考え、やってみようという雰囲気がホーム全体にできてきたのです。スタッフたちは、「日々の仕事をする中で、もうちょっとなんとかなるのではないかと常に考えるようになった」、「いろんな人と『どうすればいいだろう』『やってみない?』と話ができるようになった」と言います。

今回の活動リーダー福山は、
「これまで抱えていた色々な思い込みが、心の中で消えてなくなった気がします。私にとって本当の意味での介護の仕事が、今から始まる、そんな気持ちです」。
同じく北も、
「介護という仕事について、もっと自由な発想で向き合っていいんだとわかりました。こうしたらもっと良くなるんじゃないかと考える力が身についてきた気がして、それがすごくうれしいです」。

ご入居者おひとりお一人とのコミュニケーションのなかに、取り組むべき新たなケアのヒントがある

今回の取り組みは、二人のスタッフの思いから始まりました。介護のやり方は様々に進化しても、お年寄りの「こうありたい」気持ちに応えようという思いこそが、これからのシニア介護の現場に欠かせない力になるはずです。

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