超高齢社会の日本で「人生100年時代」をどう生き抜くか。社会の関心が高まるなか、ベネッセコーポレーションは、健康に関する基礎知識と実践を身につける本『健康の教科書』を発刊しました。始まりは、子どもたちのためにも30代・40代の保護者世代に、もっと自身の健康に目を向けて欲しいという思いから。教育事業で培った学びのノウハウを活用し、全国の地域・企業の健康啓発活動に役立つことも目指しています。担当者に本ができるまでの道のりを聞きました。

始まりは、学校での健康教育実証実験。子どもを通して家族も巻き込む大切さに気づく

ベネッセコーポレーションには、新たなサービスの芽を見つける事業戦略部門があります。今回の企画を手がける社員・吉田富美子も、世の中で健康への関心が高まるなかベネッセでも事業化できることはないかと模索していたところ、2016年、「短命県返上」を目指す青森県の弘前大学COI(※)を知り、活動参画の担当となりました。

※COI=文部科学省が2013年度から実施している「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」の略称。社会や生活の理想の形を設定し、その実現のために産学連携で取り組む。

「弘前大学COI」資料より。良くない生活習慣の積み重ねが生活習慣病を招くため、「大規模合同健康調査のデータをもとにした生活習慣病の予防法開発」について、大学や複数の企業が連携して取り組んでいる。

弘前大学COIに参画した当初、ベネッセが担当したのは、学校などでの「健康教育プログラム」の開発・実証実験です。弘前大学COIでは、『生活習慣病を予防するためには、30代・40代の働き盛り世代への意識啓発が重要』だと考えていましたが、この世代は忙しくてなかなか接点をもてないというジレンマも抱えていたそう。そこで、ベネッセなどと連携して子どもたちに健康教育を実施することで保護者や家族の健康意識向上につなげたいと考えたのです。

小学校での取り組みを振り返り、吉田はこう語ります。

「保健の授業などで病気の話をすると、泣き出してしまう生徒もいたそうです。ご家族に病気のかたがいらっしゃって、普段は元気にふるまっていても、心を痛めている子どもが多いのです。大学や現場の先生と、どうしたら生徒の関心を前向きに引き出せるか、思考錯誤しながら教材や授業プランを考えました。」

「子どもたちを通して、家族に生活習慣を振り返ってもらう宿題を出したところ、ある保護者の方から、『子どもが私の生活習慣の回答を見ながら、<お母さんは病気にはなったけど、すごくいい生活習慣だから大丈夫だよ!>と言ってくれて・・・。このまま頑張って続けていこうと思いました』という声をいただきました。今の状態を見える化し健康についての知識を得て、実生活の中でその人なりのできることを増やしていく――そのサポートをすることの大事さを確信しました。」

知識の提供だけではなく、自分の健康のために「知りたい」「やってみよう」を引き出す

COIでのパートナーシップを通して、他企業や地域の健康教育の実情に触れることも多く、
「日本の各地で、行政や企業・団体が、社員や住民の方向けに、健康についての啓発活動を実施しています。みなさん、資料や教材を手づくりして、本当にがんばっていらっしゃって・・・。でも、なかなか続かず、行動にまでつながらないという悩みを持っていらっしゃいました。『ベネッセさん、わかりやすくて、楽しく続けられる教材を作って!』と言われることも何度かあり、期待に背中を押され、COIでの実証実験を活かして健康に関する教材をまとめることになったのです。」(吉田)

健康の領域でベネッセの教育ノウハウを活かせるかは未知数でしたが、COIでの連携先であるヘルスケア関連企業(ライオン、カゴメ、花王など)ともさまざまに意見交換し、また、シニア・介護事業を行うベネッセスタイルケアの協力や弘前大学COIの監修を得て、2020年8月、『健康の教科書』が完成しました。

本に盛り込んだ工夫の一部をご紹介します。

『健康の教科書』基礎知識編より。(左)問いかけ式にし、チェックリストで振り返りができる。(右)マンガで「ぱっと見てわかる」工夫も。
『健康の教科書』実践編より。(左)子どもやお年寄りの特徴にもふれ、家族ぐるみで考えてもらう。(右)「まずはやってみる」ために手の届く目標を設定。

今回、「本」にまとめることを選んだのは、青森県や弘前市の協力をいただいた実証実験で、毎日の生活の中ですぐに手に取ったり書いたりなど、自分から関われる「かたち」を提供することの大切さがわかったから。企業や地域の研修教材としても活用され始め、反応の検証を続けています。

予防のための「だめ」は増やさない。自ら楽しみながら取り組めるプログラム開発を

青森県の子ども向け健康イベント(実証実験)でレクチャーする吉田(右から二人目)。

吉田はプロジェクトを通して、健康のために『あれもだめ、これもだめ』を増やすのは、生活の質を上げることにはつながらないということを、教わったといいます。
「健康は体の状態だけではなく、心の持ち方や生きがいも含めてのものです。病気を抱えていても、それとうまく付き合い”元気”でいることはできると、プロジェクトの関係者の方々に教えていただきました。本は最初の一歩で、人生100年時代を豊かに生きるために楽しく取り組めるプログラムの開発を、さらに進めていきたいと思います。」

ベネッセの新しい領域への挑戦は、始まったばかりです。

情報・取材協力

健康の教科書

『健康の教科書』2020年8月発刊。B5判、92ページ
監修:弘前大学COI拠点長、弘前大学大学院医学研究科社会医学講座特任教授 中路重之/編著:株式会社ベネッセコーポレーション

吉田富美子

吉田富美子(よしだ ふみこ)
株式会社ベネッセコーポレーション 事業戦略部
弘前大学COIでの実証実験で得た成果を社会に還元することを目的に、本の企画編集を担当した。
「こどもちゃれんじ」「進研ゼミ」などの教材編集を長年担当したのち、事業開発部門へ。現在は、シニア介護研究所(株式会社ベネッセスタイルケア)も兼務し、子どものころからの健康教育とともに、社会人やシニア世代にヘルスリテラシー(健康知識を得て活用する力)を根づかせたいと考え、研究開発に取り組む。