近年、身体と生殖の仕組みなどを中心に扱う「性教育(Sex education)」から、ジェンダーや性自認、性に関する意識や行動など、さまざまな側面から包括的に学ぶ「セクシュアリティ教育(Sexuality education)」へ変化する気運が国際社会を中心に高まっています。UNESCOなどによって作成された「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」に基づく教育が多くの国で実践されており、日本においても包括的な教育の重要性が高まりつつあります。そのような社会背景の中で、ベネッセの有志社員が提供をスタートしようとしているのが、子ども自身が学べる包括的な性教育サービスです。社内の提案制度での受賞を機に、サービスの実現に向けて試行錯誤しながら歩みを進める担当者に、企画の背景にある思いを聞きました。

性にまつわる悩みを抱えた過去。今、私たちにできることは何か

包括的な性教育企画は、2021年に開始されたベネッセグループの事業アイデア提案制度「B-STAGE」にて生まれました。グループ社員誰もが参加できるこの提案制度には、変化する時代の中で解決すべきお客様の課題や、日々の業務における矛盾や問題を解決するためのさまざまな企画が全社から寄せられます。その提案制度に応募した一人が、当時ベネッセコーポレーションの学校事業部で、新教育課程に関する情報発信を高校の先生方に向けて行っていた宇都宮でした。


「元々、子どもの未来について考える有志社員のプロジェクトに参加していたのですが、ある時、私自身が女性として生きてきたなかで、様々な悩みがあったことを振り返る機会がありました。参加している他のメンバーからも、生理や見た目の悩み、学生時代のパートナーとの関係性、ジェンダーバイアス、ジェンダーアイデンティティのゆらぎなどの悩みの経験が共有されるなかで、悩んでいたのは自分だけではなかったのだと少しほっとしました。同時に、性にまつわることを知らないことからくる不安や、誰にも話せないことによる孤独を感じていたことを思い出しました。対話を進めるうちに、「今の子どもたちも同じような思いをしているのかもしれない。傷ついてしまったり、困ったりした後に対処するのではなく、もっと早い段階から正しい情報を得られるようにしたい。それが、子どもたちが安心して大人になれる社会につながるのではないか」そのような話が自然とメンバー内であがり、その思いを共有した仲間と一緒に、従来の保健体育で学ぶ性教育の範囲にとどまらない、包括的な性教育に関する企画を「B-STAGE」に提案しよう、ということになりました」


強い思いをもった企画、プレゼンには大きな反響があり、結果として2021年度に全社からエントリーされた1,700件を超える提案の中で最優秀賞を獲得。以来、企画実現に向けた手探りの日々が始まりました。

2021年度から始まったベネッセグループの新・提案制度「B-STAGE」。その新規事業部門で最優秀賞を獲得した当時の一枚。

学校やパートナー企業、試行錯誤の中で進むうちに協力の輪が広がる

「B-STAGE」での受賞を機に、2022年春に宇都宮は新規事業開発部門へと異動。企画の実現に向けた活動が本格化していきます。


「さまざまな年代の子どもたち、保護者にヒアリングしては課題を深堀りし、プロトタイプ版を作成する。その繰り返しの中で、いろいろな失敗や気づきを重ね、少しずつ改良しながら前へと進めていきました。サービスを誰に届けるかを考えた時、行動範囲が広がり、人間関係も深まる、性に関しての悩みも増える一方で、高校生ほどは知識をもたない中学生をまずは対象としよう、と絞り込んでいきました。しかし、いざ中学生に性教育の情報を届けようとすると、性の情報に興味はあるが、興味があることを誰かに知られたらどうしようという恐怖感や、いつかのために知っておきたいけど、今はまだ早いと思っている子どもたちが多いことに気づきました。子どもたちが自ら情報を取りに行くのではなく、「たまたま得た情報が、未来の自分の力になる」そんな情報の届け方、サービスがいいのではないかと方向性を修正していきました」


「ヒアリングには今もさまざまな中学生や高校生たちに協力をしてもらっています。元々学校事業を担当していた時にお世話になっていた先生方に企画のご相談をすると応援をしてくださって、生徒を紹介いただいたこともありました。さまざまなご縁に助けていただき、それが大きな力となっています。また、子どもたちの悩みと向き合ううちに、情報だけでなく生理用品など、プロダクトが悩みの解決に必要不可欠な場合もある。そう考えて、いくつかの会社さんにご相談した中で、「ロリエ」や「Bé-A<ベア>」のご担当者から前向きな声をいただき、企画にご協力をいただけるようになったことも前進のための力強い後押しとなりました」

作成した試作品を実際に触ってもらい、中高生たちや保護者、学校の先生方から率直な意見を集めては改良につなげた(写真左)。月経周期の管理をしながら(*)、身体や心、人間関係のことなど誰も教えてくれない性にまつわる情報を知ることができるLINEアカウント「ponoel」の画面(写真右)。その他に中高生向けの性教育セミナーや、生理用品の無償提供など含めたさまざまな実証を予定している。 *月経周期管理機能の利用は選択できるため、生理の有無や性別問わず利用できる仕様になっています。

試行錯誤しながら少しずつ企画への協力を得て、この2022年12月には、LINE公式アカウント「ponoel(ポノエル)」のモニター版をリリース。子どもたちに利用をしてもらいながらサービスの改善を進めています。

自分と他者の権利を知り、安心して大人になれる社会を子どもたちに

「ponoel」の提供がスタートした今、改めて包括的な性教育企画実現の背景にある思いを宇都宮に聞いてみました。


「これまでたくさんの人にヒアリングする中で、性の情報の必要性は誰しもが感じつつも、十分に得られていないことが見えてきました。子どもたちは、性にまつわる情報に興味関心はあるものの、恥ずかしさによって自分からは取りに行けない。保護者や先生は、機会や情報が不足していることもあり、思春期の子どもに伝える難しさを感じている。だからこそ学校や家庭とは違う企業から、直接子どもたちへ性教育を届けることには意味があると思っていますし、保護者や先生方とも対話をしながら、子どもたちを思う気持ちを形にしていきたいと思っています」


「実際にサービスを先行して体験してもらった子どもたちからは、理想的とされる体形や外見に左右されず自分の身体のとらえ方を考える「ボディイメージ」の記事などを見て、「このままの自分でいいと思えた」という声や、初めて知った性にまつわる情報に「自分自身にとってだけでなく、誰かを傷つけないためにも知れてよかった」という声をもらい、手ごたえを感じました。プロダクトの選択肢を示すと、「実際に使ってみたい、自分に合ったものを選びたい」という声も多く上がりました。実証実験はまず「女子中学生」という属性を中心に始めますが、性教育は性別問わず、幼児期から段階的に行われるべきものだと考えています。できるだけ早いタイミングで、より多くの子どもたちが学べる形へと進化していきたいです。こうした包括的な性教育の知識を得ることで、子どもたちが自分の権利を認識し自分自身を大切にしたいと思える。同時に、他者理解が深まり、相手を尊重することにつながると信じています。「ponoel」というサービス名は「調和のとれた状態」を表す「pono」と、翼を意味する「aile(エル/エール)」を組み合わせた造語です。自分にとって居心地のよい状態、場所へ飛んでいくための翼のような存在になりたい、という思いを込めました。大人になる日々に寄り添い、“自分はどこにでも行けるし、何にだってなれる”より多くの子どもたちが思える社会を目指して、これからも一歩ずつ前に進んでいきたいと思います」

パートナー企業との打ち合わせ風景より。

企画について、パートナー企業のご担当者からは次のようなメッセージをいただきました。


・「『生理だからといって諦めることのない社会を作りたい』、それがフェムテックブランドBé-A〈ベア〉の目標です。今回のプロジェクトを通じて共に包括的性教育企画を世に広げるお手伝いが出来れば大変うれしく思います」 髙橋くみさん(株式会社Be-A Japan 代表取締役CEO)


・「思春期の心と身体の変化による不安や悩みに生理を起点に寄り添い、安心して大人になれる社会にしたいという想いに強く共感し、今回ご一緒させていただきました。私自身、悩みがあっても一人で抱えていた経験があり、「ponoel」がそんな子どもたちにとって身近で、頼れる存在になることを期待しています」 小松桃子さん(花王株式会社 ロリエマーケティング担当)


社内提案制度への応募から約一年。パートナー企業やさまざまな関係者の協力を得ながら、包括的な性教育サービスの実現に向けて、挑戦は続いていきます。

情報協力

宇都宮 章子

宇都宮 章子
株式会社ベネッセコーポレーション
事業戦略本部
学校向けの企画提案や、先生方へ向けた大学入試や新教育課程に関する情報発信等を経て22年より現職