SDGsやサステナビリティの実践が求められる社会における大きなテーマの一つ、持続可能な地域づくり。今や、国内のみならず世界中から多くの人が訪れる場所となった瀬戸内海に浮かぶ小さな島、直島やその周辺の島々もまた、かつての高度成長期の負の遺産を引き継ぎ様々な地域課題とともに高齢化や過疎化の進行に悩まされてきました。

その直島で、30年以上の長きにわたり地域の再生を目指す活動を続けるのがベネッセアートサイト直島(※)です。べネッセアートサイト直島の活動を振り返り、実際に島に住む方が見つめてきた変化や生き方に迫った前編記事に続くこの後編では、広報として活動を伝える担当者に、瀬戸内国際芸術祭が始まったばかりの島の様子と活動の本質、今後への思いを聞きました。

※瀬戸内海の直島、豊島、犬島を舞台に株式会社ベネッセホールディングス、公益財団法人 福武財団が展開しているアート活動の総称

環境問題や高齢化・過疎化に向き合ってきた地域の再生を目指して

今では「アートの島」として知られるようになった直島をはじめとする瀬戸内海の島々は、かつての高度成長期の負の遺産を引き継ぎ、環境問題、高齢化、過疎化など様々な地域課題に向き合ってきた側面をもちます。ベネッセアートサイト直島は、直島・豊島・犬島で受け継がれてきた歴史や文化、自然を大切にしながら、アートや建築を融合した独自の活動を展開してきました。

ベネッセの企業理念のもと、訪れる人々が「よく生きる」とは何かを考える場所となることを目指す、地域と一体となった活動を通じて、直島では定住者や訪問者も増加。活動のフィールドは周辺の島々にも拡大し、国内外から多くの人が訪れる地へと変貌を遂げ、直島は地域再生のモデルエリアとしても知られるようになりました。

<活動の歩みと島の変化がわかる前編記事はこちら>
【地域再生】日本の原風景が残る美しい島々を元気に。ベネッセアートサイト直島の歩みと今[前編]


地域のひろがりや活気を感じる芸術祭を入り口に、会期以外でもゆっくりと滞在を

2025年4月、瀬戸内の島々を舞台に3年に1度開催される、瀬戸内国際芸術祭が始まりました。瀬戸内の島に魅せられて家族と共に移住し、現在ではベネッセアートサイト直島の広報として日々メディア対応や活動の発信に関わる ステンランド 由加里に、芸術祭が始まったばかりの島の様子と、この時期ならではの魅力について聞きました。

「前回の芸術祭の時期は、コロナ禍だったこともあって島内は開幕直後も比較的落ち着いていました。今年は前回以上の盛り上がりをすでに感じていますし、来島者は今後さらに増える見込みです。思えば、私自身が移住をしたきっかけもこの芸術祭でした。元々地方出身で、商店街が廃れたり地域のお祭りなどが減ったりして、文化や経済が先細りする様を見ながら育ってきましたが、2016年の瀬戸内国際芸術祭で初めて直島に訪れた時に、大変なにぎわいやパワーに圧倒され「こんな場所があるんだ!」と衝撃を受けたことを今も覚えています」

2025年4月18日(金)より春会期がスタートした瀬戸内国際芸術祭のイメージ写真(左)。今年は、新しいエリアとして、香川県側に志度・津田、引田、宇多津エリアが加わる。5月31日(土)には、直島ではベネッセアートサイト直島における10番目の安藤忠雄氏設計のアート施設となる「直島新美術館」©Tadao Ando Architect(右)も開館する。

「芸術祭はハレの祭典。瀬戸内の地域全体のひろがりや世界中から集まるたくさんの人が行き交う活気を感じながら、アイランドホッピング―島を渡りながら、あちこち巡るようにアートを見て楽しめるのはこの時期ならではの醍醐味だと思います。一方で、ベネッセアートサイト直島の活動の本質は、長い時間軸で瀬戸内海の風景や場所と現代社会へのメッセージ性をもったアートや建築を融合させながら、豊かな地域づくりや人の生き方に寄り添うこと。芸術祭をきっかけとした興味関心を入り口に、できれば芸術祭の会期以外にもゆっくりと滞在していただき、私たちの活動の本質を少しでも体感していただきたいと思います」

ベネッセアートサイト直島では、地域と一体となって島の文化や自然を見つめなおす活動を幅広く実施している。写真はその一つ、荒れ果てた土地を再び耕し、途絶えつつあった直島のコメづくりを復活する「直島コメづくりプロジェクト」。

日常から離れて、人らしさを取り戻す先につながる未来

「ここへ普通の旅行として来て、楽しんで帰っていただくのはもちろんよいですが、なぜこの場所で活動をしているのか。成り立ちや理想もお伝えしながら、想定以上の体験も持ち帰っていただけるよう日々のコミュニケーションを心がけています」というステンランドに、これまでの仕事を通じて印象的だった声と、今後への思いを聞きました。

「お客さまの声としても「ここに来て視点が変わった」「都会の忙しい時間から抜けて滞在し、初めてアートに感動した」など、色々な感想を毎日のようにいただきますが、以前にとある島民の方へのインタビューでその方がおっしゃっていたことがとても印象的でした。それは、「これまではどこかで島の人間であることに引け目を感じていた。それは、豊島での産業廃棄物投棄事件などもあって、瀬戸内海の島への負のイメージをもたれがちだったからだと思う。でも、今は“アートの島”として知られるようになって、香川県の直島でもなく、日本の直島として世界に受け止められるようになった。ようやく、私たちは誇りをもつことができた」といったお話でした。これこそ、長く続く活動によって目指していたひとつの姿だと感じます」

「もうひとつ。今、世界では様々な国で紛争や分断がありますが、(ベネッセアートサイト直島の美術館設計を多数手がけられている建築家の)安藤忠雄さんが「この島が表現しているのは平和」「直島はもう一度、人の人らしさ、人間らしさをアートや自然を通して感じさせてくれる」とお話をされていたことも記憶に刻まれています。日常の中で、人はいろんな役割やアイデンティティーを担いながら生きていますが、この島に来ることでしばし日常から離れ、一人の人間として素直に自分に対峙する。そうして人間らしさを取り戻すことで、また船に乗って日常に戻った時に小さくても何かが変わる。その変化の積み重ねによって、よりよい未来につながって欲しいと願います。直島はそうした可能性を秘めた島ではないかと思います」

「日々、地域の方々とのつながりを大切に、ベネッセアートサイト直島の一員であり島民として、直島のこれからにしっかり向き合っていきたいと思います」と話すステンランド。島を行き来するフェリーと瀬戸内海の風景と。

島に訪れる一人ひとりが自分の生き方を見つめ、小さな変化の蓄積とその延長線上に人が「よく生きる」ことができる社会へ。長い時間軸で未来を見据えるベネッセアートサイト直島の活動はこれからも続いていきます。

情報協力

ベネッセアートサイト直島
https://benesse-artsite.jp/
瀬戸内国際芸術祭2025
https://setouchi-artfest.jp/