田尻先生
Q.71 外国にルーツのある生徒がたくさんいるクラスの授業について
 外国にルーツを持つ生徒の増加に伴い、言語習得度や母語の背景が多様化する中で、英語指導における学習意欲の維持に課題を感じております。  既存の視覚支援や母語活用といった手法を超え、一人ひとりに適した指導をし、なんとか彼らに英語を身につけて欲しいと思っています。  田尻先生なら、どのような事に気をつけて授業をされますか?  

 私が中学校の教員時代はそういう経験はしておりませんので、有効なアドバイスを差し上げることができません。ただ、現在16才のイラン人に英語を教えていますので、その経験から言えることだけお伝えさせていただきます。

 彼は親御さんの仕事の都合で10才までイランと日本を行き来しており、母語が確立していませんでした。15才の時、日本の中学校の授業についていくのに苦労しているということで、私にヘルプの依頼が来ました。彼と初めて会って分かったことは、ペルシャ語は話せるが、ペルシャ文字はマスターしていなかったこと、日本語はある程度話せるが、漢字で苦労していること、平仮名はだいたいマスターしているが、カタカナとの相違点に戸惑っているということでした。ですから、母語がないところに第3言語である英語が入ってきて、パニックになっている状態でした。ここで感じたのは、母語が確立していない状況で外国語を学ぶことは非常に難しいということです。

 そこで考えたのは、現在の教科書は内容が雑多で量も多く、多くの生徒が授業だけでは消化できていないこと、コミュニケーションを重視しすぎた結果、基礎的なドリルが少なく、基礎練習なき試合を繰り返しており、指導者はその試合の振り返りもほとんど行っていない状況では定着はおぼつかないことを考慮して、英語の基礎の定着を目指した指導を行うというものです。

 そのために使用した教材が、正進社のWrite and Talk and Talkと『おたちょこ』です。彼は2024年9月から私との勉強をスタートし、2026年の6月時点で、Book 3のPart 30まで来ています。現在はテヘランに帰っており、オンラインでレッスンを行っていますが、驚くほどの成長を遂げています。その全ての大本は「田尻に口答えができる日本語力」です。彼はWrite and Talk and Talkのピンクの下線部でクリエイティビティを発揮し、私がアドバイスをするとよく口答えをして、私の研究室にいる他の児童生徒を笑わせていました。日本語はまだまだ発展途上ですが、私の日本語でのインストラクションを理解できるのが強みでした。ですから、日本語がおぼつかない児童生徒は、まず日本語をしっかり勉強してからでないと、英語の学習は難しいと思われます。

 彼の場合、ペルシャ文字も漢字も書く量が不足しており、書くという習慣も身についていませんでしたので、まずフォニックスから入り、徹底的に書かせました。その際、必ず声を出して書くという約束をしました。Write and Talk and Talkも1問ずつブツブツ言いながら書くうちに、だんだんとアルファベットに慣れました。
 Write and Talk and Talkに関して彼が最も苦労したのは、代名詞でした。主格、所有格、目的格、所有代名詞があり、全部合わせて31種類もあるので混乱しましたが、『だれ何を/に』、『何時に』、『何回』などの漢字を全て平仮名で表した語順一覧表(文の語順表と名詞句・名詞節の語順表)を作り、『だれ何が/は』(主語)の場所で使われるのが主格、『だれ何を/に』(目的語)の場所が目的格、そして所有格は名詞句の語順表の「小道具3点セット」の場所で使われ、「所有格代名詞+普通名詞(your brotherなど)」は、主語の場所でも目的語の場所でも使われ、「普通名詞(your brotherの場合はbrother)」を代名詞に代えることなどを教えたところ、徐々に混乱が収まりました。しかし、ほとんど間違えないようになるまでには1年かかりました。

 代名詞に関しては、主格、所有格、目的格が出揃うWrite and Talk and Talk Book 1 Part 22は何度も繰り返し行いました。以下はモデルダイアログで、下線を他の語句に代えて会話を完成させるというドリルです。
A: Do you like your father?
B: Yes, I do. I like him and he likes me.
A: So you like each other.
B: Yes, we do.

 このパートは代名詞に加えて3単現のs、do / does の使い分け、you like each otherなのか、they like each otherなのかなど、考えるところがたくさんあり、さらにジェスチャーをつけないといけないパートで、かなり頭を使います。

 Part 22をだいたいマスターした後でPart 23にチャレンジしたのですが、彼はPart 22ができたら、Part 23は簡単でしょ、とうそぶきました。
A: Can you play baseball?
B: No, I can’t. Can you?
A: Yes, I can. I can play soccer, too.
B: I can’t play soccer, either.

 主格しかないし、3単現もないし、簡単かも知れませんが、例えば6番ならばyouをyou and Harry, swim, diveですから、
A: Can you and Harry swim?
B: No, we can’t. Can you?
A: Yes, I can. I can dive, too.
B: We can’t dive, either.
であり、会話の流れ、コンテクストを把握していないと間違う可能性があります。その意味で、彼は母語が確立していなかった2024年9月当初は、論理的思考力、抽象的思考力が不足していたのだと思われますが、Write and Talk and Talkでモデルダイアログの流れを常に把握するよう努め、されにその流れに沿ってもう1文加えるピンクの下線部で論理的思考力や抽象手思考力を身につけていったのではないかと想像されます。

 彼が2年足らずで大幅な伸びを見せたのは、ある程度日本語が使えたこと、音読と声を出しながら書くという地道なトレーニングを大量に行ったこと、音と文字の関係を常に意識させたこと、語順表を常に参照させたこと、英語便覧である『おたちょこ』の動画説明をたくさん見せて英文構造を把握させたこと、などが要因として挙げられると思います。

 日本に住む、日本語を母語としない児童生徒は、3番目の言語となる英語の学習は混乱の連続だと思います。ただ、混乱はだれでもしますので、いつか部屋に散乱したおもちゃを、種類ごとに箱に片付けるように、頭の中に散乱している情報を片付ける時期が来ると思って、おもちゃを増やしてあげることを目標に指導されてはいかがでしょうか。そのためのポイントは、「夢中になって繰り返すうちに覚えてしまった」という状況を作ることだと思います。

 
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