変化が激しく将来の見通しが立てにくい社会でも、人生をしなやかに切り拓き自分らしく生きていくために。多様な価値観に触れながら正解のない問いに主体的に向き合い、柔軟に対応していく力が求められています。子どもたちを取り巻く教育現場においても、これまで多かった知識のインプットや詰め込み型の学びとは異なる、自由な発想や表現力を磨くための新しい学びの手法として、アート思考を培う体験が注目されるようになりました。

そのような中で、ベネッセアートサイト直島はアートを通じた主体的な思考の場を提供。2025年夏には、その活動の一環として14歳の中学生たちを対象とした対話型鑑賞プログラムを直島で実施しました。想像力をかきたてるアート作品を前にして、自由な対話で得られたものとは。参加した中学生たちの様子とリアルな声、そして多感な時期の子どもたちへとプログラムを届ける担当者の思いをお伝えします。

15年続く活動の中で培ったメソッドを元に、対話と思考の機会をひろげる

対話型鑑賞は、アート作品を見る際に参加者同士が意見や感想を交わし合い、対話を通して作品への興味や理解を深める鑑賞方法です。作品を鑑賞する際に知識や情報に頼るのではなく、他者と対話をすることで多様な視点や解釈への気づきを得ながら、自分なりの意味を見出して思考を深めることができる、として日本でも注目されています。

瀬戸内海に浮かぶ小さな島、直島やその周辺の島々で自然や文化とアートを融合し、「Benesse=よく生きる」を考える場所としての活動を続けているベネッセアートサイト直島(BASN)では、様々な解釈を受け入れ、考えを引き出す作品の特長を活かして、問いや対話に重きをおく「BASN対話型鑑賞」を2010年と早期から導入しています。近年では、その教育効果に着目した実証研究も行い、自己理解が深まること、思考力や表現力も向上することなど、プログラムを通じた効果を可視化。活動を通じて培ったメソッドとともに、子どもたちからビジネスパーソンなど多様な人への対話と思考の機会をひろげています。

【「BASN対話型鑑賞」の教育効果を測る研究と結果を紹介した記事はこちら】
アート×学びの可能性。未来の「生きる力」につながる、BASN対話型鑑賞の現在地とこれから

不確実性が高い時代に、既存の枠にとらわれない発想や柔軟な思考、それによる新たな価値創出への期待から、最近はビジネスパーソンを対象とした対話型鑑賞のニーズも急速に高まっているという。

多様な視点にふれながら自分を見つめ、思考を深める特別な時間

2025年の夏。7月26日と8月5日の2回にわたって実施されたのは、ベネッセアートサイト直島で行われた対話型鑑賞プログラム「14歳アートフェスin直島」です。

この「14歳アートフェスin直島」は、全国各地から集まった同世代の仲間たちと一緒にベネッセアートサイト直島のアート作品を鑑賞。対話を通じて自分や未来を考える機会として、多感な思春期を迎えた14歳の中学生を対象に行われるプログラムです。2023年から始まり、4回目の実施となった今回。参加者たちはフェリーに乗りつかの間、日常から離れて目的地である美しい海と自然がひろがる直島へと向かいます。

暑い夏の日差しが降り注ぐ中、学校も地域環境も異なるほとんどが初対面の中学生たちが、会場であるベネッセハウス ミュージアムへと集結しました。

「14歳アートフェスin直島」当日の様子

会の冒頭、参加者たちはお互いを知る時間として、まずは自分という存在を掘り下げていきます。「私を構成するもの」と題されたシートの中身をそれぞれに考え、好きなものやこだわりを視覚化して紹介し合います。グラフにする人、絵を描く人、言葉にする人・・・表現方法やその内容にも個性があらわれます。

和やかな雰囲気の中で自由に語らい合い、お互いのことを少し知って場がほぐれてきた後は、いよいよ対話型鑑賞の本番です。ファシリテーターと一緒に、ミュージアムのいくつかの作品をグループに分かれて鑑賞し、それぞれの視点で感じたことを言葉で表現していきます。

最初は言葉にするのが難しくても、ファシリテーターの問いかけに答え、ほかの参加者の意見にも耳を傾けるうちに、自分はどんなところが気になり、どんな捉え方をしているのかが少しずつ表現できるようになります。そして、ほかの参加者の視点との違いに気づくことで、自分なりの考え方や興味関心が少しずつ浮き彫りになっていきました。

一つの作品にある程度長い時間をかけながら、その子なりのペースに合わせて言葉が出るのをじっくり待つこと。思考を引き出すような問いを立て、イメージにあう言葉を一緒に探すうちに、少しずつ言語化が進み、一人ひとり違う価値観や思いが見えてくるという。

続く後半パートでは、自分の気になった作品を一つ選び、しばしの時間一人で作品、そして自分と静かに向き合います。感じたことや考えたことをスケッチして考えを掘り下げ、その作品を通して自分は何を思い、これからどうなりたいかに思いを馳せて、「私の未来」として言葉にします。

最後に、なぜその作品を選び、何を感じたのか。そこから考えた自分や未来のことをそれぞれの素直な言葉で発表していきました。そうして、集中して思考を深め、自分を見つめることができた時間を互いに拍手で賞賛し、プログラムは閉幕となりました。

参加した14歳たちは、このプログラムに実際に体感して何を感じたのでしょう。
プログラムに参加した後で書かれたアンケートでは次のような感想が寄せられ、様々な気づきを得ながら自分や未来のことを考え、他者へと伝えるきっかけになったことが窺われました。

<参加した感想>
  • 「考えたことをすぐ言える雰囲気のおかげで、自分の意見をほかの人と共有できた」
  • 「今の自分や、現代社会に重ねて考える部分が多かった」
  • 「変則的な直近の未来より、もっと長い目で見て、変わらないものってなんだろうということを考えた」
  • 「考える力は大事で、将来や未来についての考えを伝えていくことに役立つと思った」
  • 「たくさんの意見を言えたり、お互い意見を交換できたりして、考えを深めることができた。学校の授業などでは得られない経験ができた」
<自分の変化>
  • 「参加後は一つの絵を見て、考えながら鑑賞するようになった」
  • 「一人ではなく、誰かと作品を鑑賞してみたいという気持ちが生まれた。いろいろな人の考えを聞くことで自分の考え方にも変化が出て、より楽しめることがわかった」
  • 「ものを見る時にもっとゆっくり見るようになった。興味あることへの活動意欲が爆増した」
  • 「人に伝わるような説明の仕方を心がけるようになった」
  • 「自分がしたいと思ったことを、恐れずにできるようになった」

時には立ち止まって自分を知り、これからの生き方を考えることができる機会を

後日、このプログラムを企画し、ファシリテーターの一人としても参加者たちと思いを交わす藤原 綾乃(公益財団法人 福武財団)に、なぜ14歳という年齢の子どもたちを対象とするプログラムを提供しようと考えたのか。これまでの実施を通して感じた手応えや今後への思いを聞きました。

「これまで対話型鑑賞のプログラムを多くの小中高生に提供してきた中で、特に中学生は自分のことをもっと知りたい。そういうモチベーションがとても高いことを感じていました。もう少し上の年代になると、ある程度方向性や進路が見えてくることもありますが、14歳は人生の岐路にさしかかるちょうど入り口の時期。そして、ほかの人から見られる自分が気になったり、漠然とした理想とのギャップを感じ、迷いを抱えたり。そんな揺らぎの時期でもあります。自分は本当は何が好きなんだろう? 何ができるんだろう? どんな人生をつくっていきたいんだろう? そういうことに実はみんなすごく興味を持っているけれど、日常生活で家族や友達と改まって深い話題を切り出すのは意外と難しかったりもします。ほとんどが初対面だからこそ思い切って自由に気持ちを表現することができる対話型鑑賞は、そんな多感な時期の子どもたちに、純粋に自分について考え、表現するまたとない機会になる。そう考え、このプログラムを始めようと思いました」

「長い休みの後は、心身のメンタルが不安定になる子も。夏休みにじっくりと自分や未来に思いを馳せる体験をしてみることで、一人でも多くの中学生たちがありのままの自分を前向きに受け止めるきっかけになれば」という思いから夏にプログラムを開催しているという。

「ベネッセアートサイト直島は一人ひとりが自分にとっての『よく生きる』に気づき、考える機会や場所を創出することを目的に活動していることもあって、「BASN対話型鑑賞」もアート作品を見て鑑賞することにとどまらず、いかにして自分や生き方を見つめる機会にできるか。その点にこだわって実施を重ねながら、少しずつメソッドを確立してきました。実際にプログラムを通して14歳たちと語らいあうと、時間を経るごとに少しずつ一人ひとりの価値観や考えが見えてきて、最後にはどの参加者もしっかりと自分の言葉で思いを述べる姿が強く印象に残っています。普段学校で受けている授業とはまた違う、正解がない問いに向きあい、自分なりの答えを見出す場だからこそできる学びがここにある。そんな手応えを感じています」

「これからは生き方がますます多様になり、どんな道を選択したらよいのか。子どもたちを導く大人も迷いがちでとても難しい時代だと思います。そんな時代だからこそ、子どもたち一人ひとりが時には立ち止まって自分を知り、自分なりの価値観で歩む道を選び取っていくことが大切。このプログラムが一つのきっかけとなって、自分にしかできないことや好きなこと、やりたいことが見つかり、それぞれの個性を発揮しながら活躍することができる社会へとつながれば。そう願っていますし、もし実現できたら世の中はもっと面白く変わるはず。そんな遠い先の未来を描きながら、こうした機会を必要としている子がいる限り、プログラムを続けていきたいと考えています」

自分を見つめ、これからの生き方を考える場所、直島で。思考を引き出すアート作品を通じて同世代の仲間たちと語らいあいながら、色とりどりの個性がどんなふうに開花していくのかが楽しみです。
ベネッセアートサイト直島の対話型鑑賞プログラムは、また次なる14歳たちを迎え、この地で行われていく予定です。


情報協力

ベネッセアートサイト直島(BASN) https://benesse-artsite.jp/

「ベネッセアートサイト直島」は、瀬戸内海の直島、豊島、犬島を舞台に株式会社ベネッセホールディングス(岡山県岡山市)、公益財団法人 福武財団(香川県香川郡直島町)が展開しているアート活動の総称。アートを媒介とした地域づくりに30年以上取り組みながら、地域に暮らす人々とともに新しい価値を生み出し、「Benesse(よく生きる)」を世界へ発信しています。