昨今、日本各地で台風や地震、大雨などの自然災害が相次ぎ発生しています。瀬戸内海に浮かぶ直島もまた、自然災害によって、海を見下ろす法面(※1)が大きく崩落するという被害を受けました。その災害への対処として、直島で約30年間活動を続けている「ベネッセアートサイト直島」(※2)がとったのは、島本来の自然を取り戻し、次世代につなぐための試みでした。ここでは、数十年先の未来を見据えて行われている取り組みをご紹介します。

※1:法面(のりめん):切土や盛土により作られた斜面
※2:「ベネッセアートサイト直島」:瀬戸内海の直島、豊島、犬島を舞台に、株式会社ベネッセホールディングスと、その子会社である株式会社直島文化村、公益財団法人 福武財団が展開しているアート活動の総称。

豪雨で大きく崩れた法面。島本来の自然を未来につなぐために何ができる?

国内外から多くの人が訪れ、日本の原風景が残る瀬戸内海で、地域固有の文化をいかした、さまざまなアートや建築を体感できる直島。その直島が自然災害に見舞われたのは今から2年前の2017年のことでした。 さらに、2018年にも大きな災害が発生、2年にわたる前例のない規模の豪雨や台風によって、美術館とホテルが一体となった「ベネッセハウス」に隣接する法面が大きく崩れるという被害を受けたのです。

2018年9月、崩落後の法面。岩盤の地がむき出しになり、さらなる崩落の可能性もある危険な状態だった。

修復の対応として、費用や工期が削減できるコンクリートで覆うなど、さまざまな方法が検討されました。その中で最終的に「ベネッセアートサイト直島」が選択したのは、法面の安全性を担保しつつ、直島由来の植物の種も使って再生を試みる、というもの。

元々、「ベネッセアートサイト直島」では、被災以前から、本来ある自然の姿をできる限りいかしていく、という方針で景観を整えていこうとしていました。法面の修復も、この考え方がベースとなりました。

まずは、むき出しとなった表面を保護し、植物が根をおろし、水分や養分を摂ることができるような植栽基盤となる地を作る。
その地を作る土の中に、島由来の種を混ぜ、いずれは樹木や草が根を張り、崩落した法面が緑で覆われて
本来の山の形を取り戻していく、という計画を立てました。そのためには、たくさんの種が必要となります。
そこで、災害から3か月が経った2018年11月にスタッフ総出の種採りイベントが企画されたのです。

直島で働くスタッフが一丸となって、種を探して地づくりへ

当日、「ベネッセアートサイト直島」のスタッフが集まって山に入り、専門家のアドバイスを受けながら、島固有の植物を採取。持ち帰ってから、ひとつひとつ手作業で種が取り出されました。

種の周りの果実部分を取り除く作業の様子。小さく繊細な種に苦戦しながらみんなで種をとりだす。

果実の中に種がある場合は外側の実をむいてから種を取りだすなど、地道な作業が続き、集められた種は約30種類。後日、その種が法面の植栽基盤の土に丁寧にまかれました。


種をまいてから約1年後、現在の法面の状態と今後の展望について、この活動に植栽の専門家として携わる、ユニットタネの鎌田 唯史(かまた ただし)さん・鎌田 あきこさんに聞きました。

「ベネッセアートサイト直島」のランドスケープ監修者でもある、ユニットタネ 鎌田 あきこさん(左)、鎌田 唯史さん(右)

「法面というのは、水分や落ち葉などが流れやすく、乾燥しがち。植物が育つにはもともと厳しい環境です。花崗岩(かこうがん)の地山の上に、厚めに植栽基盤を設け、草が生えたことで表面に緑の姿が見えてきました。一方で、今春の厳しい天候の影響を受け、まいた種の芽は思うように出なかった、という現状もあります」(鎌田 唯史さん)

「採取した種を、より環境の整ったハウスで育てるなど、試行錯誤のなかで、島由来植物を活かせる方法を研究しています。法面はまだ第一ステップの植栽基盤が整い、種を受け入れる環境ができた段階。自然再生の活動は長い時間をかけて取り組むものです。ゆくゆくは、島由来の種が芽を出し、木や森へと育っていってほしいと願っています」(鎌田 あきこさん)

一部崩落の跡は残るも、表面が緑で覆われた現在の法面の様子(2019年10月)

自然環境を含めて、何かを感じ、考えるきっかけとなる場所でありたい

「ベネッセアートサイト直島」の担当者である、ベネッセホールディングス 本社・直島統括部 福本 茂樹(ふくもと しげき)にも聞きました。

「我々はこの場所を、観光地をめざして運営しているわけではありません。めざしているのは、“Benesse(よく生きる)”を体感する場所を創造すること。ここを訪れたかたに、自然環境を含め、何かを感じ、考えるきっかけとなるような場所でありたい、と考えています」

「例えば、ベネッセハウスミュージアムでは、海を臨む場所は瀬戸内の眺望と作品をあわせて体感する形になっていたり、大きな窓で自然光を大胆に取り入れる、などしています。そのため、時間や季節によって、作品の味わいもまた変わります。直島のアートは、常に自然とともにあり、自然とともに変化していくわけです。“自然との共生”という、深く根づいた視点を第一に、直島が本来もっているものをそのままいかしたい。その考え方を自然環境も含めて追求し、次の世代につなげていきたいと思います」

来春にもまた、直島由来の種を集める計画があるそう。これからも、未来に向けた自然再生への取り組みは続いていきます。

情報・取材協力

ベネッセアートサイト直島

・ベネッセアートサイト直島
http://benesse-artsite.jp/

・ランドスケープデザインオフィス ユニットタネ
http://unittane.com/