学力の3要素の伸長、DP(ディプロマポリシー)の
実現を図るための英語教育を追求

松本大学
教育学部 教務課
上條 直哉 係長

学校情報

松本大学(長野県/私立)

  • 設立年:2002(平成14)年
  • 学部:総合経営学部、人間健康学部、教育学部
  • 学生数:約1700人

ポイント

  • 「GTEC」Academic のスコアを科目の到達目標に設定するなど、英語4技能の伸びを測るアセスメントとして活用
  • 学生が初回授業でロードマップを作成することにより「GTEC」Academicのスコア目標を定め、将来のなりたい自分をイメージする
  • 英語教育マネジメントとして、4技能スコアや学修行動調査を用いたIRによる教育の内部質保証体制を構築

I.大学の紹介

松商学園は1898(明治31)年に私立戊戌学会として創立された。1953(昭和28)年に松商学園短期大学(現・松本大学松商短期大学部)、2002(平成14)年に松本大学が開学。「自主独立」を建学の精神、「地域貢献」を理念、「地域社会に貢献できる人材の育成」を使命・目的として、「まちづくり」「健康づくり」「ひとづくり」を3本柱とした教育を展開している。まちづくりの取り組みの一つとして、松本市と共同で「松本市地域づくりインターンシップ戦略事業」を実施。卒業生を中心に地域活動の調査・研究を行い、地域課題解決や活性化について考える。健康づくりでは、学内に地域健康支援ステーションを設置し、管理栄養士や健康運動指導士と人間健康学部の教員が連携して、食と運動面から地域の健康づくりを支援する。ひとづくりでは、地域教育に貢献できる真の人間力を備えた教員を育成するため、1年次から教育現場を体験する独自の教育プログラムを実施している。また、教師のための相談サポートセンターを設置し、いま学校で起きている様々な課題解決をサポートする。

松本大学キャンパス

Ⅱ.取り組みに至った背景

松本大学ではここ数年、英語教育の改革に力を入れてきた。同大学では2017年度、甲信越の私立大唯一となる教育学部を新設した。2020年度に1期生が卒業予定で、現在3年次の学生の全員が小学校教諭免許の取得を希望している。小学校では2020年度の指導要領の改訂から英語が必修化される予定で、新規採用の教員に寄せられる期待は大きい。英語ができる小学校教員の育成は、同大学においても喫緊の課題となっている。
 学力の質保証のために、教育学部では英語能力試験を積極的に活用している。卒業までに初等教育コースでCEFRのB1レベル、英語国際教育コースでB2レベルを到達目標に掲げ、4技能の「GTEC」Academic(以下、「GTEC」)の受検を必須化し、目標値も定めている(資料1)。

【資料1】総合英語シラバス(例)

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 背景にはAP・CP・DPの3つのポリシーの一体的な策定と、アセスメント・ポリシーに基づく学修成果の可視化という大学教育改革の流れがある。教育学部では「地域貢献」という大学の基本理念を踏まえて、「地域社会に貢献する教育に関する専門性を身につけた人材の育成」をDPの1つに掲げている。このDPの実現のために、学力の3要素をベースにした観点ごとの到達目標を設け、各々の力を伸ばすためのカリキュラム改革を推進中である。思考力・判断力や主体性・多様性・協働性も含めた学力の3要素について、学生にどのような力が身についたのか、何ができるようになったのか、学修成果を可視化し、教育の内部質保証システムの構築を全学的に検討している。
 同大学では英語教育もDPを実現するための手段の1つと位置づけている(図1)。

【図1】松本大学教育学部DPとDP達成のための英語教育マネジメント

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教務課の上條直哉係長は次のように述べる。
 「地域貢献というDP達成のために英語教育で何ができるのか、どんな力を身につけられるのかということが本学の基本的な考え方です。単に英語力を高めるだけではなく、英語教育を通して思考力・表現力、主体的な学修習慣、成功体験による自己肯定感を育むことで、英語以外の学修への意欲はもちろん、人生に対する前向きな姿勢まで醸成していきたいと考えています」
 英語教育の成果を可視化する方法の一つとして、従来実施していた民間の資格検定試験に加え、18年度の1学年から「GTEC」を導入した。1年次は4月と1月の2回、2年次と3年次は1月に受検し、年間の英語力の伸びを測る。
 「学力の3要素を伸ばし、かつ地域貢献に資する力の育成というDPを実現するためには2技能の試験では不十分です。授業の中で4技能をバランスよく身につけることが必要であり、教育の質保証をしっかり果たしていくためにも、アセスメントとしての信頼度が高く、学生の4技能の英語力を可視化できる『GTEC』が必要だと考えました」(上條係長)

Ⅲ.取り組み内容

「ロードマップ」でなりたい自分をイメージ

 教育学部では、4技能をバランスよく伸ばすため1年次から多くの必修科目を設置している。L・Sを高める「英会話Ⅰ・Ⅱ」、L・Rを重点的に伸ばす「TOEICⅠ・Ⅱ」、4技能統合型の授業「総合英語Ⅰ・Ⅱ」の3科目が必修で、そのほか選択科目の「Reading」「Writing」がある。2年次の必修は「総合英語Ⅲ・Ⅳ」「TOEICⅢ・Ⅳ」で、選択科目として「英会話Ⅲ・Ⅳ」「Public Speaking」、思考力・判断力を同時に伸ばす「Discussion &Presentation」などを設けている。以下、全学必修の4技能統合型科目である総合英語を中心に授業の進め方を見ていく。
 英語教育の成果をDPの実現につなげるために重視しているのが学生自身で行う目標設定である。
そのために同大学が独自に開発したツールが「ロードマップ」である。授業を受ける前の自分を分析し、全授業の修了後にどうなっていたいのか展望を描かせることで、学修に対するモチベーションを高めるのがねらいだ(資料2)。

【資料2】総合英語Road Map

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 まず自己分析を行い自分の強み、自慢できるところ、弱点などを洗い出す。直近の「GTEC」のスコアを記入し、「道を聞かれたら答えられるが、早口で聞かれたらわからない」など、できることとできないことを具体的に記し、前期あるいは後期に向けた目標を立てる。その上で、卒業後の職業や生き方などの将来の夢、卒業までの目標スコア、目標に到達した場合に夢はどう変わるのかなどを考え、目標実現のための英語トレーニングの内容やスケジュールを設定する。
 「本学が重視するのは、将来学生が社会に出て、地域に貢献するために英語をどうやって使うのかを考えさせることです。学生の英語教育への期待や意欲、地域貢献に対するマインドを育て、学びのモチベーションを維持してほしいと考えています」(上條係長)
 ロードマップは、前期末に振り返りの機会が設けられ、学生自身が達成状況をモニタリングし、目標やトレーニング内容の修正を行い、後期末には、年間を振り返って達成状況を自己評価する。そして、各クラスの教員は、担当する約20人の学生が記入したロードマップすべてに目を通し、個別にフィードバックを行う。フィードバックは、前期末・後期末の2回、授業内の時間を使って行われる。「GTEC」で4技能の力がスコアで把握できるようになったため、例えばS・Lが弱い学生には学内のイングリッシュカフェの利用を勧めるなど、スコアに基づいた具体的なアドバイスが行いやすくなった。

4技能統合型の授業でトータルの英語力を育成

総合英語では、全15回の授業の約半分の時間を学生たちの苦手なライティングにあてている。課題は賛否が分かれるテーマを設定し自分の考えを書くもので、環境問題やスマホの学内持ち込みなど、1学期で5テーマに取り組む。1テーマにつき授業は3回。事前に学生にテーマを告げて調べ学習をさせたうえで、1回目の授業では、20分ほどでテーマに関する意見を160~200語で書かせて提出。教員はパラグラフの構成を中心にすべてのエッセイを添削して学生にフィードバックし、良い作品はクラス全体で共有する。
 2回目の授業では、グループを組んで学生同士でエッセイを読み合い、多様な意見や書き方があることを確認したうえで辞書も使ってリライトを行う。3回目は辞書や資料なしでテストとして本番のエッセイを書かせる。
 スピーキングは、授業の2回に1回、ペアワークで60秒のスピーチを行う。エッセイ同様、賛否が分かれるテーマを与え、その場でマインドマップを書かせて自分の意見を整理させたうえで、1分間をフルに使ってペアの相手に自分の意見を伝える。スピーキング力、リスニング力の向上に加え、その場でマインドマップを書いて考えを整理させることで思考力・判断力も同時に鍛えるのがねらいである。
 リーディングは長文の要約を宿題として課している。授業ではグループで宿題を持ち寄り、正しく要約できているか、なぜその訳になるのかなどを話し合い文法力も高めていく。
 授業の終わりには毎回、リアクションペーパーを使った振り返りを行っている。早稲田大学大学院の向後千春教授の「大福帳」を加工して使用しており、学生は手書きで授業に対する感想や疑問、要望などを記入し教員に提出する。
なお、総合英語を含め英語科目の指導案は、すべて担当教員間で共有し、クラスによって指導内容や進度に差が生まれないように配慮している。

4技能ベースのクラス分けで学生が認め合う雰囲気を醸成

 学期末にすべての英語教員が「GTEC」のスコアを分析・総括するのも、同大学の特徴である。担当教員はスコアを踏まえ、授業でどのような工夫をしたのか、学生がどう変わったのかを振り返り、1年間の総括と次年度に向けた対策を記入した「ティーチングポートフォリオ」を作成する(資料3)。

【資料3】ティーチングポートフォリオ(例)

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極端にスコアを下げるなど、英語力以外の原因が考えられる場合は、学校生活に課題があることが少なくないため、上條係長とも連携して個別に対応する。スコアが伸びているクラスや、時間外学修が多いクラスのノウハウは、上條係長が取りまとめて教員全体で共有し指導力の底上げを図る。
 近年は英語科目のクラス分けにも「GTEC」のスコアを活用している。クラス分けは従来、4月実施の別の民間の資格検定試験で行っていた。2019年の2年次も1年次は別の民間の資格検定試験のL・Rの結果を使っていたが、2年次のクラス分けを4技能のスコアで行ったところ顔ぶれがガラリと変わった。クラス分けにアウトプットの力が加味されたことで、各クラスに多様な力をもった学生が集まった結果だが、予期せぬ効果があったと上條係長は語る。
 「L・Rのレベルだけで分けていると同じような力を持った学生が集まるため、どうしてもお互いに牽制してしまい、学び合う姿勢を持たせるのが難しくなります。4技能で分けると、ペーパーテストが得意な学生、コミュニケーションに長けた学生など、多様な力を持った学生が混ざります。ペーパーテストが苦手な学生が、アウトプットの場面で他の学生をリードするなど、学生同士がそれぞれの力を認め合い受け入れる雰囲気が生まれています」

少人数の英語授業で学生の変化を早期に発見

 同大学にとって、英語科目は生活指導面でも重要な役割を果たしているという。地方部の私立大は、定員割れや退学率の高さに悩んでいるところが少なくない。同大学も国立大の教育学部に入れなかった不本意入学者や英語にコンプレックスを持っている学生が一定数おり、学修意欲のケアが課題となっている。学びへのモチベーションが持ちにくい中、大学生活への適応を進めるうえで、必修の英語科目は大きな役割をもっていると、上條係長は指摘する。
 「英語科目はアクティブラーニングやペアワークが多いため、コミュニケーションが苦手な学生や、意欲に欠ける学生が授業に出てこられなくなる場合もあります。英語の必修科目は1クラス約20人なので、教員は休みがちな学生やコミュニケーションが苦手な学生に気付きやすい。不登校や退学を未然に防ぐために、学生の変化を早期に発見することも、初年次の英語科目の重要な役割だと考えています」
 2回連続で授業を休んだ学生がいれば、担当教員はすぐに上條係長に報告する手はずとなっている。現場から上がってきた情報は上條係長が整理して学科内で共有し、専門科目の教員やゼミの担当教員にケアを依頼する場合もある。強制的に授業に出させることはないが、学生の変化や悩みに気づかないまま、退学・休学させてしまうことがないよう細心の注意を払っている。
 「英語の学修を通して自分が成長しているという実感を得ることで、達成感や自己肯定感を高めることこそが何よりも大切です。英語教育で得た自信が専門科目の学びや学生生活に生かされることで、学力の3要素も同時に伸びていくことを期待しています。苦手を克服することで自己形成を行い、自信をもって社会に出てほしいと考えています」(上條係長)

Ⅳ.今後の展望

4技能重視の指導によって、入学後に大きな変化を見せる学生は少なくない。入学当初は引っ込み思案だったが、授業でのコミュニケーションを通じて活発に意見を述べられるようになった学生、教員や学生同士の親密な人間関係に感化されて、英語への苦手意識を克服した学生もいる。また、「GTEC」のスコアが励みになっている学生も多い。
 「ペーパーテストが苦手なため2技能の資格検定試験で伸び悩む学生も、スピーキングを生かして『GTEC』のスコアを伸ばし自信を深めることは珍しくありません。4技能を測ったからこそ得られた効果だと思います」(上條係長)
 さらに、教職員が連携したきめ細やかな学生ケアにより直近4 年間の退学率は以前と比べ半減した。
 今後の課題は、「GTEC」の結果をカリキュラム改善に生かしていくことである。教育学部は2020年度に完成年度を迎え、初めての卒業生が社会に出ていく。今後は積み上げられたデータと学生の状況を分析して弱点を洗い出し、伸びが低い技能の科目を増やしたり、1科目内における4技能の配分に強弱をつけたりするといったカリキュラム改善を、年度ごと、学期ごとに進めていく。また、思考力・判断力や学修意欲など、知識・技能以外の学力の3要素の伸びを測る方法も開発し、DPの実現に近づいていく考えだ。また、学業成績や「GTEC」のスコア、学修行動調査結果等からIR活動を行い、英語力向上の質保証体制構築にも目を向けていくという。
 「教学マネジメントの改革は道半ば。授業やカリキュラムの改善を重ね、さまざまなデータを積み上げていくことで、英語教育が果たす役割や意義を明らかにして、学生たちに松本大学に入ってよかったと思ってもらえる教育を模索していきたいと思います」(上條係長)

お話を伺った方

教務課 上條直哉係長