ドライバー不足や法令対応の高度化など、物流業界は大きな転換期を迎えています。そうした中、総合化学メーカー・三菱ケミカルグループの物流管理機能を担う、三菱ケミカル物流株式会社は、DXを軸とした業務変革と人材育成を本格化させています。その取り組みが評価され、2024年には経済産業省が定める「DX認定事業者」に認定されました。今回は、同社が取り組むDX人材育成の全体像について代表取締役社長の相川幹治さんに、またUdemy Businessの活用について社員の皆さんにお話をうかがいました。
代表取締役社長 相川幹治さん(中央右)
技術戦略部門 ビジネストランスフォーメーション部 部長 川守田潤平さん(中央左)
技術戦略部門 ビジネストランスフォーメーション部 DX教育グループ 竹内優貴さん(右から2番目)
技術戦略部門 ビジネストランスフォーメーション部 DX教育グループ 貴田美紀さん(左から2番目)
海運事業部 戦略企画グループ 守屋祐輔さん(右)
ロジスティクスDX推進部 DX開発グループ 柴田大誉さん(左)
INDEX
物流の「2024年問題」を見据え、DXを経営の中核に据える
三菱ケミカル物流は、ケミカル品に特化した物流会社として、陸上・海上輸送、構内物流、倉庫事業、包装資材事業などを総合的に展開しています。中でも中核となるのは陸運事業で、トラックやローリーによる輸送、倉庫での在庫保管を中心に事業を行っています。
同社の大きな特徴は、拠点網の広さです。親会社である三菱ケミカルの生産拠点が全国各地に存在することから、それに対応する形で国内に38拠点を置き、海外3カ国にも事業を展開。国内外に広範な物流ネットワークを構築しています。
こうした事業環境の中、2021年頃から顕在化してきたのが物流の「2024年問題」をはじめとした課題です。ドライバーの高齢化や人手不足に加え、労働時間規制や安全・法令遵守の厳格化により、従来以上に効率的かつ高度な業務運営が求められるようになったのです。
当時の状況について、代表取締役の相川幹治さんは次のように振り返ります。
「私たちはBtoB物流を中心として事業を展開しており、パートナー企業の多くは中小企業です。現場では、いまだに電話やFAXで伝票をやり取りするなど、アナログな業務が多く残っていました。また、商材がケミカル品という特性上、危険物や大型貨物などの取り扱いが難しく、物流関連法規の改正への対応も不可欠でした。このままでは、2024年問題やDXの潮流に対応できないという強い危機感がありました」
そこで同社は、中期経営計画において、DX推進のビジョンに「『ケミカル品物流』分野で、『安全・安定&効率』物流を提供するリーディングカンパニーとなるために、ケミカル品物流会社で、DXが一番進んだ会社になる」と掲げ、様々な施策を推進していく方針を打ち出しました。

従業員主体で進めるDX人材育成と内製化への挑戦
DX推進にあたり、同社が特に重視したのが人材育成です。全従業員のITリテラシーを底上げし、業務効率化と生産性向上を実現するとともに、将来的にはビジネスアーキテクトを育成し、社内におけるシステム開発の内製比率を高め、外部委託を減らすことを目指しています。その理由について、相川さんは次のように語ります。
「ケミカル品物流は業務特性が多岐にわたるため、物流管理システムを導入しようとしても、汎用的なERPシステムでは対応しきれない部分が多く、カスタマイズが不可欠でした。しかし、このシステム開発をすべて外部に委託した場合、約4億円規模※の投資が必要になる可能性があり、高額なシステム導入をパートナー企業に求めるのは現実的ではありませんでした。一方で、要件定義を中心に半分程度を自社で担うことができれば、外部委託費は約2億円規模※に抑えられる想定もありました。また、一部で利用していたパッケージシステムも、導入後のカスタマイズを特定ベンダーに依存しやすく、追加改修費が高額化する懸念がある点も、当時の課題でした。そこで、従業員が中心となって柔軟性・拡張性の高い物流実務管理システムを開発し、顧客やパートナー企業にも展開していきたいと考えました。」
※金額は当時の前提条件に基づく一例の概算
同社は、パートナー企業が導入しやすいWindows PCやクラウドサービスを活用し、低コストで業務のデジタル化を進め、パートナー企業との連携を強化する方針を打ち出しました。その背景には、相川社長自身がコロナ禍をきっかけにリスキリングに取り組み、デジタル学習を進め、技術の急速な進化を肌で感じていたからでした。
「物流危機をはじめとする様々な課題にどのように対応すべきかを自分自身で考えたいと思い、ITについて学習し始めました。ITパスポートを取得し、学びを進める中で、市民開発に使える様々なITツールとクラウドサービスを活用すれば、従業員自身が低コストで業務改善できると感じました」
DX推進人材育成の教育施策を立案しているのが、新設されたビジネストランスフォーメーション部です。部長を務める川守田潤平さんは、内製でDX推進人材育成を進める意義を次のように語ります。
「コンサルティング会社に依頼して教育施策を構築するのは簡単ですが、業務を最も理解しているのは現場の従業員です。自分たちに合った教育施策を状況に応じて更新していくことが、コストも抑えることができ、何より従業員のスキルアップにもつながると考えました」

4ステップで進めるDX推進人材育成
同社では、社内外を巻き込みながらDX推進を実現させていくDX推進人材を段階的に育成するため(図1)、4つのステップから成る育成モデルを構築しています(図2)。


ステップ1は、DXリテラシーの基礎知識習得です。2021年から全従業員にITパスポート取得を推奨・支援し、基礎的なITリテラシーの底上げを図っています。さらに2022年4月には、業務活用を見据えた実践レベルの知識を得るため、Udemy Businessを導入しました。当初は限定的な導入でしたが、現在は全従業員が利用できる環境を整えています。
「私は以前、書籍でPythonを学ぼうとしましたが、思うように進みませんでした。そこで、Udemy Businessを利用したところ、動画を見ながら実際に手を動かして学習できるため、格段に理解できました。その経験から、Udemy Business はDXに関する知識を従業員が自律的に学習し、実務に活かすことができると考え、全社に導入しました」(相川さん)
ステップ2は、業務改善のためのIT活用です。実践的にデジタルスキルを学ぶDX推進勉強会を開始しました。
技術戦略部門ビジネストランスフォーメーション部DX教育グループの竹内優貴さんは、勉強会の内容について次のように説明します。
「現在、Python基礎、VBA(マクロ)基礎、アプリ作成基礎、RPA基礎の4コースを用意しています。各コースにはUdemy Businessの講座をラーニングパスとして設定し、勉強会の参加者が各自のペースで個人学習を進められるようにしました。また、2週間に1回、オンラインミーティングを開催し、学習の進捗や気づきを共有し合う場を設けました。半年間の継続学習を経て、最終的には成果報告会で各自が取り組んだ業務改善事例を発表する仕組みです」

オンラインミーティングの進行役を務めるのは、勉強会修了者の中から選ばれた勉強会ファシリテーターです。市民開発に関する高度な知識とアプリ開発などの実践経験を持つ社員が、参加者の学びを支援し、次の育成を担っています。
ステップ3は、DXを業務に活かす技術力の習得です。より高度な技術力を身につけるためのビジネスアーキテクト養成コースやAWS Skill Builderなどの研修を用意しています。それらの研修にもUdemy Businessの講座が活用されています。
ステップ4は、社内外と連携したDX実践です。社内外関係者と協力し、事業に必要なシステム構築を実現させることを目指しています。
市民開発を後押しする仕組みと文化づくり
同社の人材育成における最大の特長は、DXを「学び始める段階」から「実践に移す段階」まで、一貫して支える仕組みを構築している点にあります。相川さんは、その重要性を次のように語ります。
「DXは、断片的な取り組みでは前に進みません。たとえばITパスポートを取得しても、知識をどう実務に活かすのかという道筋がなければ、学びは定着しにくいものです。また、市民開発に挑戦しようとしても、相談できる人や支援する仕組みがなければ実践にはつながりません。だからこそ、個人任せにせず、学びに伴走する勉強会ファシリテーターを研修に配置するなど、学習から実務への接続を支える仕組みを会社として整えることが重要だと考えています」
市民開発を定着させるための仕組みの1つとして、社内DX推進サイト上に「DX玉手箱」というアプリを設け、従業員が開発した業務改善の成果を投稿して共有できるようにしました。
さらに、2025年9月からは市民開発の報奨金制度を開始しました。市民開発の成果への評価を明確にすることで、従業員に積極的な開発を促し、全社DX推進を加速させていくことを目的としています。
一方で、育成における課題も見えてきました。1つ目は、部署間での参加意識の差です。特に多忙な物流現場で働く従業員は、長期間の勉強会への参加が難しいケースもあります。そこで、1~2時間で完結する単発の研修を企画し、支社でトライアル中です。
2つ目は、IT初学者への対応です。DX推進を進める中で、デジタルに関する基礎スキルが十分でない従業員がまだ多いことが明らかになりました。そこで、Microsoft OutlookやExcel、Teamsの基本操作を学ぶ「PCスキルアップ講座」を開講しています。
加えて、デジタルに詳しい若手社員がリバースメンターとして幹部層を支援するリバースメンター制度や管理職・総合職に向けてデジタルの基礎を学ぶ「DXリテラシー基礎」も実施しています。そのほかにもDXリテラシー底上げのための研修が用意され(図3)、いずれもUdemy Businessの講座を活用しています。

ビジネストランスフォーメーション部DX教育グループの貴田美紀さんは、かつて派遣社員で、平塚支店の事務を担当していた頃、会社の教育施策によりデジタルスキルを身につけた一人です。
「専業主婦として長く仕事からは離れていたので、派遣社員として働き始めた頃は、Excelの入力程度しかできませんでした。その後、会社からITを学ぶ機会を用意してもらった結果、ITパスポート取得や勉強会を通じてITスキルを身につけて正社員となることができ、今の部署で教育担当として働いています。自分の経験を活かして、学び直しに踏み出せずにいる人たちを支援していきたいと考えています」

Udemy Business受講者が広げる市民開発の輪
次に、Udemy Businessを活用したDX推進勉強会でデジタルスキルを学び、業務改善に取り組む社員の声を紹介します。
海運事業部戦略企画グループの守屋祐輔さんは、2023年まで船舶スケジュールの調整業務を担当していました。パートナー企業と電話やFAXを用いて、いつ、どこに、何の荷物を取りに行き、どこへ運ぶかといったやり取りを行う仕事ですが、アナログの手法が業務効率を下げる要因となっていました。そこで、独学でVBAを学び、業務の一部の効率化に取り組んできました。
そうした中、相川社長がDX推進勉強会の前身となるDX検討会を立ち上げたことを知り、守屋さんは参加を決意します。Pythonの基礎などを学び、翌年にはDX推進勉強会のアプリ作成基礎コースに参加。そうして学んだことを様々な業務改善に活かしていると、守屋さんは話します。
「Power Platformを活用し、これまで全従業員が毎月紙で提出していた書類をアプリ上で完結できるシステムを開発しました。また、Excelやメールでやり取りしていた業務を自動化し、押印が必要な書類についても、デジタルで対応できるように改善しました」
Udemy Businessの講座は細かいセクションに分かれているため、隙間時間を活用して学習できたと、守屋さんは語ります。
「業務中でも自己学習は許可されているため、空き時間ができたら講座を視聴するよう心掛けていました。ハンズオン形式の講座が多く、実際に自分のパソコンで手を動かしながら学べる点も非常に良かったです」
現在、守屋さんは、同事業部内でDX推進担当の傍ら、アプリ作成基礎コースの勉強会ファシリテーターとしても活躍しています。特に意識しているのは、参加者がつまずきやすいポイントを把握し、丁寧にフォローすることです。
「以前は、資料を使って一方的に説明を進めていましたが、実際にその場で手を動かしてもらう方が深く理解できると感じ、ハンズオン形式を取り入れました」(守屋さん)

ロジスティクスDX推進部DX開発グループの柴田大誉さんは、DX推進勉強会のPython基礎コースを受講しました。柴田さんがDX推進勉強会の特長として挙げるのが、勉強会の最後に成果報告会があり、「学んだことを実務にどう活かすか」を発表するという明確なゴールが設定されている点です。
「明確な目標があることで学習の優先度が上がり、『成果物を形にする』というゴールに向けて前向きに学習に取り組むことができました」(柴田さん)
現在、柴田さんもDX推進勉強会の勉強会ファシリテーターとしても活躍しています。柴田さんが大切にしているのは、参加者が質問しやすい雰囲気づくりです。
「気軽に質問できる環境があったからこそ、業務改善にチャレンジできました。ですから、勉強会ファシリテーターになった今、チャットで受け付けた質問にはできるだけ早く回答し、内容が複雑な場合は1対1で画面共有をしながらサポートしています。教える立場になることで、自分の知識不足に気づく場面も多く、その都度調べ直したり学び直したりすることが、自身の成長につながっていると感じています」(柴田さん)

最後に、お二人に今後の目標を伺いました。
「海運業務に限らず、全社に『デジタルを使って業務が楽になる』という文化が定着するよう、今後も自身の学習と周囲へのサポートを両立させていきたいと思います」(守屋さん)
「現場を知る人間がデジタルスキルを身につけることで、ベンダー任せにしない、本当に使いやすいシステムを構築できます。この『市民開発』の輪を広げていくことが、会社全体のDXを加速させると信じています」(柴田さん)