Benesse 「よく生きる」

EPISODE 人と社会の
「Benesse(よく生きる)」
をめざして

看護師×保育士による創作劇での保健指導。ベネッセの保育園がめざす「子どもが自分ごととして理解する」学びとは
乳幼児保育教育・学びの研究

株式会社ベネッセスタイルケア「ベネッセ 前野町保育園」
園長 出口三知代(左)、
看護師 金 千瑛(右)

手洗い・うがいなどの題材に応じた絵本を使うことが多い、保育園の保健指導。ベネッセスタイルケアが運営する「ベネッセ 前野町保育園」(東京都板橋区)では、もっと子どもたちの理解が深まり、行動にまでつながる指導法はないだろうかという思いから、創作劇を通した立体的な学びの場づくりに取り組んでいます。園の看護師と保育士が専門の知見を出し合い企画し、職員たち自らが演じるという試みのねらいについて、話を聞きました。

難しそうな話も、保育士が演じることで子どもたちは興味津々

創作劇を通した保健指導とは、どんな内容ですか。
たとえば最初につくった「たべもののたび」という劇は、保育士たちが人間の臓器に扮します。子どもたちの興味を引く演出で、楽しみながら臓器の名前や役割を覚え、「消化する」とはどういうことかがわかる構成にしています。
言葉で説明するには難しそうなテーマですが、「興味を引く演出」とは?
臓器役の保育士たちに、「大腸王子」「小腸姫」などのニックネームをつけて演じてもらうんです。そして、たとえば「小腸は長い」ことを伝えるときは、毛糸で実際の長さを出して見せ「こんなに長いものが、おなかあるんだ!」と知ってもらう。また食べ物が消化される仕組みは、ティッシュペーパーと水を食べ物と膵液に見立て、水(膵液)をかけるとペーパー(食べ物)がどんどん小さくなる様子を見せます。そこから「消化」というものを想像できるよう工夫しています。

目の前で保育士が演じることで注目してくれますし、身近な物を使って「可視化」することでイメージしやすくなるようです。
子どもにもわかる「可視化」がポイントですね。
はい。ほかにも、子どもたちにとってイメージしにくい「疲れ」を可視化した劇があります。岩のイラストを「疲れ」に見立て、演者の職員の体にペタペタ貼っていき、「お昼寝をしないと<疲れの岩>がどんどん体にたまるんだよー」と。

保育園で一日元気に過ごすには、お昼寝などの休息も必要です。遊びたいからお昼寝したくないという子どもにも必要性をわかってもらおうと企画したのですが、「疲れ」という形のないものをどう可視化するかが難しくて、職員みんなであれこれとアイデアを出し合いました。
子どもたちの反応はどうですか。
劇を見たあと下腹を押さえて、「ここは、おなかではなく大腸だね」と言う子がいたり、お昼寝の時間に「<疲れの岩>がついているかな?」という声が聞かれたりと、覚えたことが日常の会話にも出てくるので、自分たちなりの理解ができているのではないでしょうか。おうちでも保健指導のことを楽しそうに話しているようで、保護者の方もよい経験だと捉えてくださっています。
2020年に初めて試みた「たべもののたび」(左)と、疲れを可視化した「身体の休め方」(右)。手作りの小道具で、子どもたちの反応を見ながら進行していく。

看護と保育。それぞれの専門知見を生かした保健指導

保健指導は通常、看護師が行うそうですが、ほかの職員も一緒に取り組んでいるところが特徴的ですね。どういうきっかけで始めたのですか。
実は、看護師だけで指導するやり方に限界を感じていたんです。一方的に知識を教えるのではなく、もっと子どもたちに自分ごととして関わってもらいたい。興味をもって参加してもらえれば、より理解が深まり、その後の行動も大きく変わる。でも一人でやるのは難しい・・・と考え始めたのがきっかけでした。

というのも、小児科病棟の看護師をしていたときに、手術室に入る際に何も知らされていない子どもと、手術の意図を伝えられた子どもとでは、まったく反応が違ったんです。「こういう病気だからこういう処置をするよ。頑張ろうね」と説明された子は、泣いていても納得した様子で手術に向かいます。保健指導も、行動を促すにはまず自分の体に関心をもち、自分のこととして受け止めてもらうことが大事ではないかと思い、園に提案しました。
園長である出口さんは、この提案をどのように受け止めたのでしょう。
出口
ベネッセの保育園は、何より子どもたちの主体性を大事にする園です。金さんの話を聞いて、新しい取り組みとしてぜひやってみたいと思い、企画を推進してもらうことにしました。

保育園の健康診断では、事前に看護師が子どもたちに説明をしますが、ちゃんと理解ができると、緊張した顔をしながらも服をめくって準備するなど、自分から受けようとします。保健指導がきっかけで、園の内外で1つでも主体的に行動できるよう成長してもらえたらという思いもあって、「職員全体で取り組みましょう!」と。
最初は私が皆さんを巻き込むかたちで始めましたが、その後は企画段階から保育士のメンバーと一緒にやっています。
保健指導の中に、保育士の意見がどう反映されるのですか。
看護師は保健のプロですが、保育士は保育のプロ。「どうしたら子どもたちがもっと興味を示すか」という話になると、いつも子どもたちを見守り寄りそっている保育士の知見が必要です。最初は「保健指導は看護師のお仕事だから・・・」と遠慮があったようですが、アイデアや伝え方の意見をたくさん出してもらえるようになり、今はあれこれ意見を交わしながら練り上げています。
なるほど。お互いの仕事を尊重しあう活動でもありますね。
保健指導は保育時間のなかでほんの数分だけ。学んだことをどう生かし、継続していけるかは、保育士の力によるところが大きいのです。手洗いも1回やって終わりではなく、毎日保育士が声をかける積み重ねがあってこそ、子どもたちの行動に定着していきますよね。

専門の枠を超えた連携ができるようになったのはとてもよかったですし、看護師である私にとって保育士の目線を知ること自体が、大きな学びです。子どもたちにとってもっとよいものを、一緒につくっていきたいです。
出口
前野町保育園には保育士・看護師・調理師など30名近いスタッフがおり、日常でも活発なやりとりをするようになりました。看護・保育などそれぞれの専門性を生かしながら、職種間連携のよい循環ができてきたように思います。

また劇には若手スタッフも起用し、活躍してもらっています。保育の力は経験による差が出ますが、こういう場であればベテランも若手も同じ。職員たちみんな、楽しみながらやっていますよ。

業種や立場に関係なく、子どものためにどうすべきかを考える。
子どもたちと一緒にわくわく過ごせるよう、進化は続く

これからさらに取り組みたいことは?
出口
前野町保育園の保健指導は、職員が手を取り合うことで、子どもたちにわかりやすく楽しい内容に進化してきました。でも、ここで終わりではありません。子どもたち一人ひとりに個性があるように、一度完成した保健指導をやるだけではなく、その時々の子どもたちに寄りそった内容に変えていく柔軟性も大切にしたいです。

また業種や立場などに関係なく、子どもたちのためにどうすべきかを考えること、そして保育園に関わるすべての人が子どもたちと一緒にわくわくする毎日を過ごせるよう、進化を続けたいと思います。

子どもたちの人生で、保健指導も含めた保育園の生活そのものが思い出になり、何か1つでも糧として残ってくれるとうれしいですね。
出口 三知代(Michiyo DEGUCHI)
30年間の保育士経験を経て、2019年ベネッセスタイルケア入社。2019年から「ベネッセ 前野町保育園」の園長を務める。保育のモットーは「子どもと誠実に向き合うこと」。
金 千瑛 (Chie KIN)
小児外科看護師、他園での保育園看護師を経てベネッセスタイルケア入社。2019年から同園勤務。保育園看護師としてのモットーは「当たり前に平和な毎日が過ごせる安心安全を守ること」。

撮影:阿部 章仁 ※ご紹介した情報、プロフィールは2024年4月取材時のものです。

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